監督紹介




 神山征二郎(こうやませいじろう)




「誰ですか?」「川柳の人で、戦争中に獄死した石川県の人で…」私は劇映画の専門家なので、まず戦中と聞いて、費用のかさむ企画をもちかけられたなと思った。「ドキュメンタリーでやってみたいんです。」と平野さん。「なるほど、そういうことですか。ではお手元の資料など送って下さい。私にできるかどうか検討させて貰います。」

…13年前に81歳で亡くなった父の遺品に一枚の色紙がある。「日支の風雲急を告ぐ昭和十年作、清楓(父常雄号名)、三十六峰静かな寝いき、夢を破るなほととぎす」と揮毫されている。「南部みちのくかなしいところ、駒も娘も売るところ」という作で全国誌の一席を獲得したこともある。昭和10年は日本帝国主義の総仕上げとばかり、軍国日本はもう誰の手にも止められない暴走状態にあった。先述の一首はそのときの作だ。父は鶴彬のようには生きられなかったし、才能の者ではなかったかもしれないが『同じ』だと思った。

ドキュメンタリーという手法で私にどれだけのことができるのか一抹の不安がぬぐいきれないが、やってみる価値のある仕事だと思っている。


プロフィール

岐阜県岐阜市に生まれる。1963年新藤兼人監督が主宰する「近代映画協会」に参加。1971年「鯉のいる村」で監督デビュー。「ハチ公物語」「ひめゆりの塔」「大河の一滴」などのメジャーヒット作品から、「群上一揆」など市民参加の映画製作までヒューマニズムあふれる作品を次々と発表し、今日の日本映画をささえる監督のひとりである。映画九条の会・代表委員。


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